とよたのローカルメディア『縁側』

私たちが縁あって、豊田市の山側へ移住してきて10年が経ちました。豊田に住みたい!というよりも、たまたま豊田市だったというのが正直な話。

でも、ちょうどその頃、この豊田の山側へ移住する人たちがちらほら増えてきた時期だったようで、偶然か必然か、今もその仲間とつながりがあり、この地で面白く暮らせてるのは、その仲間たちのおかげもあるように思います。

山の暮らしは、確かに一般的にいう便利さには欠けているし、ちょっとした町まで買い物に30分以上?!車で走らないといけない行為に、未だに慣れはしない(笑)。

でも、自由に人になるべく気兼ねせず遊べる(生産・製作できる)スペースを探していた私たちには、やはり街よりも田舎の方が広い場所を確保しやすく、土があり、小川があり、朝霧で真っ白な朝、雨上がりには蜘蛛の巣のネックレスを至る場所に発見、ひぐらしの鳴き声に夏を感じたり、書ききれない景色や音、匂いを感じながらの暮らしは飽きることなく、そこに暮らすだけで生きている実感があるのです。

そうなると嫌なことはないかのようですが、もちろんそんなこともなく、カメムシの羽音にうんざりしたり、梅雨時期のカビや、映画を観るのも、「空き時間に一本見よか〜」という気軽さはなく、イベントになってしまうという不満足さもありますけどね。

山から出ないわけではなく、山に暮らしのベースを置き、たまには街に繰り出すことも楽しんでいます。

本題ですが、そんな山側での暮らしに興味がちょっぴりあったりする人たちの背中を押してくれるようなローカルメディア『縁側』がローンチ(リリース)されました。是非是非、読んでください!インタビューの自転車の遠藤 颯くんの記事、おすすめです笑!同じ稲武地区に移住してきた仲間です。

そして、いいかげん移住体験記執筆の大山 眞記子さんも、同様この4月に家族で稲武地区へ移住。

あえてこの時代に、街ではなく、不便でも自然豊かな場所での暮らしを選ぶ人たちは、とても魅力的で面白い人たちが多い。そんな人たちに出会えるのも山暮らしの面白さに感じています。

仕込み週間

お醤油を作る元になるお醤油用麹。ここ数年毎年この時期に、醤油の仕込みを済ませ、たまーに手をかけて、翌年の1月に1年近く使うお醤油を搾ります。それが済むと、ホッとします。「また“我が家のお醤油”を使えるよー」って、家族に新醤油を報告し、生醤油を味わいます。

(いきなりですが、)お金の場合は、いくらか溜まっても、またそのお金に追われるような、いつまでたっても落ち着かない。「これぐらい溜まっていてもだめだーっ」て。欲も感じます。ほんと、これってなんでしょうね。。。

たいしてたまっていないからか、、、笑

でも、お醤油やお味噌、薪、お米…自然の力を借りながら自分たちで手間と時間をかけて作ったものができたときは、心穏やか満たされるものがあるのです。これだけあれば当分の間は、暮らしていけるねって、ホッとさせてもらえる。

大豆と麦の醤油用麹と塩と水で仕込みます

ただいま学校がお休みなので、何年かぶりに子ども達とお味噌作りができた!

外で火を焚いて、羽釜で豆を茹でる。今年は、いつも麹をお願いしている田中麹店(飯田市)店主直々に麹を配達していただき、丁度大豆が茹で上がったタイミングだったのをいいことに、豆を味見してもらい火の通り具合を確認してもらえました◎

店主曰く「柔らかく茹でた後、火を止めて冷めるまで鍋の中で蒸らすといい。そうすることで、煮えムラがなくなり、風味と香りがたって豆のねっとり感が更に増します」とのこと。

店主のお母さん?おばあちゃん?も、「味噌造りは焦っちゃだめだにー」とよく話されていたそう。

早速、二釜目は、蒸らしを。

確かに大豆の色も違い、ねっとり感が出て潰しやすかった!

 小さい頃は、ミンサー(挽肉にする道具)から、大豆がウネウネって出てくるのが「ウ◯コみたい〜」と面白がって手伝ってくれていた息子達は体も多少は大きくなって、頼もしく石臼で豆を潰す。

そして、こちらも1年後、どんなお味噌になってくれるやら・・・ 

たまに、やらかしてしまう

また?!やってしまいました、、、我が家の蒸篭にぴったりのため、蒸篭を使う時はこの銅鍋の出番なのですが、ついつい水がいつのまにかなくなって、気づかず無睡状態で焦がしてしまうことが・・・何度やっても懲りない自分に自己嫌悪。でも、そんな落ち込んでる暇もなく、明日またこの鍋を使わないといけないとなると、一刻も早くこの焦げを取らないといけない!!

そんな時のkanade流焦げ落とし方を少し詳しく。(ただ、灰を使うので、灰が手に入らない方すみません。代替として、炭酸塩〔粉〕やお酢など、強アルカリ性のものでもいいかと思います。たっぷり使用するほうが早く焦げが落ちます)

❶ 我が家は薪ストーブの副産物 灰があるので、その灰をオタマに5杯ぐらいたっぷり入れます。そこへ水を汚れや焦げを取りたいところまで注ぎ、薪ストーブの上で放置。

ストーブなどがない場合は、なるべく熱湯状態がいいので、鍋を火にかけて熱湯になったら火を消して放置。→湯が冷めたら、また熱湯にするため火にかけるを繰り返す。

❷ 翌日まで放置し、灰水を捨てて、ゆすいだ状態。

❸ 洗剤などは使わず、シュロたわしで洗ってみると、

ここまで落ちました。

❹ 再度、灰と水を入れてストーブの上に放置。側面の焦げはすでに取れたので、2回目は水も灰も半分ほどの量にしました。

❺ 3時間ほど放置後、灰水を捨てて、❸と同じようにシュロたわしのみでゴシゴシしてみると。

さらに焦げが落ちました。(白い右の模様は、電灯の反射)

さらに❸を繰り返して洗剤や研磨剤を使わず取ることができそうですが、これから鍋を使いたかったため、

❻ 少しの液体キッチン用クレンザーを焦げた部分になじませて、スポンジの裏によくついている少し粗めの方で力を入れて焦げをとる。

❼ 3分ぐらい磨くと、この状態に。

粗めの方の使い古したものを選んだのですが、多少の傷はつきました。

我が家では、これで良しとしてまた現場復帰。使っているとこのコキズも目立たなくなってきますし。。。このコキズを取りたい場合は、ホームセンターで売っている水研ぎペーパーの800番ぐらいで磨き→1000番で磨くなどすれば、とることはできます。

焦げ付きだけでなく、たまに綺麗にしてあげたくなった時は、この手順で磨けば楽にお手入れできます。

修繕しごと

修繕も承っております。Kanadeのものでなくても、うちで直せるものであれば、他の作家さんのものでも、お店のものでも引き受けています。銅製品は、長く使えるものであるのが前提で、そこがいいところでもあるから…

ただ、やはり、自分で作っていないだけに、どういう意図でそうしているのかとか、開いてみるととても厄介な修繕だったり(鉛が使用してあるなど)、新しいものを作る方が楽!?という修繕もあります。

でも、他の方が作ったものを修繕という理由で、じっくり見ることができ、どういうふうに仕事をしたかを自分なりに思い巡らせる時間も、とても勉強になり面白い。作ったものは、ほぼほぼ 職人さんが作ったであろうものと、芸大美大などを経た人のものだろう、に分かれます。(Kanadeの場合は、両方の要素ありかもしれません◎)どちらのものでも、それはそれで良さがあり関心どころもそれぞれで、修繕仕事の面白さを味わっています。

修繕し、磨き、また再び呼吸し始めたそのものを見ると、なんだか とても嬉しさがこみ上げてきます。「直せてよかった」はもちろんですが、そのものをまた多少のお金はかかるけれど、直して使おうと修繕依頼してくださることにも、嬉しくなります。

このミルクパンは、Kanadeのものではありませんが、凹み数カ所と取手が取れたのでその取り付けと磨きのご依頼。取手取り付け前。修繕前の写真をうっかり忘れることはよくありまして、、、 でも、綺麗になったことは想像していただけると思います!

再会、富貴堂へ

富貴堂2代目、藤井 宏さんに出会ったのは、実は14年前でした。まだ私たちが広島在住の頃、母からデパートの催しで新潟鎚起が来ているので行ってみてはと、足を運んだのがお会いしたきっかけでした。

デパートでの催事を終えた藤井さんは、広島市内から1時間半ぐらいかかる、その頃作業場のあった岩国の山の中まで訪ねてくださりました。わざわざ、疲れているはずなのに、どこまで作れるかわからない一個人のところまで来てくれたということだけでも、心に残るお人柄でした。藤井さんはさらに、新潟・燕に帰られてから、“その節はおせわになりました。……”と御手紙と新潟のお酒などを送ってくださったのです。でも本人は、そのことを忘れていらっしゃいました笑。

それから、色々あり、忘れることはないにしても連絡を取ることはなく、時間は過ぎて行きました。

そして先月10月、14年ぶりに藤井さんとの再会のため富貴堂へー。 いきなり、台風の日、家族で作業場に訪れた私たちはちょっと変な家族(笑)。最初は、あの時の者だと気がつかれなかったのですが、話をすると覚えていてくれました。「たまに、どうしてるかな・・・」と思い出してはいたとのこと。

どなたもいない作業場で、鎚起のこと、道具のこと、燕三条の現状よもやま話、ものづくり全般・・・途中、お昼ご飯もはさみ、色々と話してくださいました。

「知ってることは教える。自分も同じように教えてもらって来た。底辺を広げていかないと、この世界は無くなっていくから」そう藤井さんが話された言葉が印象に残ります。

今では、3代目の息子さんが手堅く頑張っていらっしゃる富貴堂。料理研究家の栗原はるみさんにも信頼を置かれ、日本国内だけでなく台湾でもこれから活躍する場を広げていかれるそうです。”信用を売りに” そう口にする藤井さん。使い手から信用される物作りを続けていくことはもちろんですが、尊敬する人たちには共通して、”この人を信用したい”と思わせる人柄があるように思います。

長居する間に、台風の風も強くなって来て、また再会できることを約束してお別れしました。

帰り際に手渡してくれた魚沼産コシヒカリと、友人が作られているというmade in 燕三条お米とぎ用ボール。このボールは、帰宅してから毎日かかさず使っていますが、かなり気に入っています!

PAGE TOP